Air Canada Boeing 777-300
Air Canada Boeing 777-300

 第1日 初対面

ゲストは、午前5時前に起きて、メリーランド州ボルチモア市ランカスター通りにある自宅を出た。パートナーを置き去りにし、4日間の「ミッション」開始。いまではあちこちに見られるウォーターフロントの商業施設の先駆けとなったボルチモア・インナーハーバーのすぐ東の地区にから、南へ20kmほど離れたボルチモア・ワシントン国際空港(BWI)に向かった。ここから北へ飛んで、カナダのトロント・ピアソン国際空港で、12時発のエア・カナダ1便、ボーイング777300ER型機に乗り換えた。乗り込むとすぐに、機内に持ち込んだショルダーバッグからパートナーから借りた座席用の枕を取り出し、これから4日間で計画がどこまで実行できるのかを考えながら、時差を調節するためにひと眠りすることにした。熟睡していたため、目が覚めたときはもう昼食サービスは終わっていた。寝ていたことを告げて食事を催促したが拒否された。仕方なく、持参したキャンディーで我慢した。次回、乗り込むときは固めのパンを持ち込むことにすることに決めたそうだ。13時間かけて、成田国際空港に到着。 

「成田空港から川崎に向かうのは515分になる」というメールが午後5時前に私の携帯に入った。駅に向かうバスが、あと10分ほどで駅前に着くころだった。「入国の手続きを済ませ、成田エクスプレスで東京に向かう。品川で乗り換え、東海道線で川崎駅に到着するのは6時を過ぎる」と書いてあった。私は6時前には駅に着けるようにと少し早めに家を出た。ショッピング・モールで時間をつぶしていた。匂いに負けて買ってしまった「メゾン・〇〇」のクロワッサンをもって、約束していた改札の前にある大時計の下で待つことにした。辺りを見回していたら、みどりの窓口が目に入った。ゲストの到着時刻を調べるために、中に備え付けてあった表紙の外れかかった時刻表を手に取った。予定通りなら到着は632分になることがわかった。 

先週末の29日の夜、知り合いとどんな人が来るのか話題になった。FacebookIDを持っているOさんに調べてもらったが該当する名前は見つからなかった。Google検索だと、LinkedInに名前があった。LinkedInを検索したが、新顔のSNSで見慣れない画面となり中断。このとき、「ミッション・ポッシブル」というタイトルをOさんが口にした。のちにホームページに載せることになるとは考えていなかったはずだ。私は旧来の受験英語とEast Cost Standard Englishの一騎打ちが始まるのが気になって、周りの「容姿端麗」とか、「見目麗しい」ということは、気にすることはなかった。こんな質問をされたら、こう答えようとか、イメージトレーニングをすることもなかった。気にしていたのは、寝泊まりに必要な用具一式を妻にお願いしていたことだけ。 

 

on a Welcome Board
on a Welcome Board

手荷物をキャリーバッグに載せ、片手にLサイズの白いコーヒーカップを持ってショルダーバッグを提げたゲストが目の前に現れたときは、午後7時を過ぎていた。私はメールであらかじめ決めていたように、黒いマジックインクで「Red Buoyant II」と書いておいたキャンパス・ノートの表紙を裏返しにして、胸のあたりに持って改札を出た所に立っていた。妻は自分の写真を送っておくべきだと言ったが、ゲストにメールを書いているとき、ヒッチハイク中の人が行き先を書いた紙片を持つ姿が頭に浮かんだので、それをまねることにした。ノートの文字を覗き込む人が数人いたが皆、軽装だった。成田空港から来たような恰好はしていなかった。

しばらく改札口の方を眺めていると、左から顔を傾けながら、近づいてくるゲストが目に入った。ゲストの目がほんの一瞬、ノートの文字の方を向いたように見えた。傾いたコーヒーカップと手荷物の下から右手が出ているのに気づいたときは、私も右手を出していた。左手にはキャスターのついた旅行鞄、トロリーケースを押さえていた。取引先と商談をするために出向いてきた、社長室に頻繁に出入りする仕事ができるかどうかは別として、そんな感じの女性に見えた。少し身をかがめて私の顔を覗き込む様子は、ディズニーランドのどこかで子供に話しかけているホストの笑顔に近い。お互いに顔を覗き込むようなしぐさをしたような一瞬の記憶は残っている。「Welcome to Kawasaki.」「Sorry I’m very late.」と初対面の挨拶を交わした。遅くなって待たせたと言われたが、「No problem.」 「時刻表で到着時刻を調べて待っていた」と答えた。メールでスイカ(Suica)を成田で購入するよう伝えていたが、まだ持っていなかった。

     

Ticket Vending Machines
Ticket Vending Machines

     出口に向かって歩き出したとき、券売機に並んでいる人がいない。早速、新しいのを買うことにする。記名式と無記名式の日本語表示のボタンを見ていたら、ゲストが画面を英語表示に切り替えた。記入式のボタンに触れると、住所、氏名、生年月日を入力する画面になった。私は斜め後ろに立っていた。モニターパネルには、氏名や住所に続いて、19/11/11…と素早く表示されていく。カードでスイカを買おうとして、次の画面で手が止まった。少し手間取っている間に、日本語の初期画面に戻ってしまった。私は無記名のスイカをデポジット込みで2000円分購入して手渡した。「貨幣の交換が済んだら、すぐに返す。」と言われた。

Red Buoyant II at Dusk
Red Buoyant II at Dusk

     重い旅行鞄から伸ばした取っ手を左手に握って、東口のエスカレーターに向かった。妻が仕事で迎えに来られないので謝っていたこと告げると、理由を聞かれた。妻からは「最近、PCのシステムが変わったので大変苦労を強いられている」と伝えるように言われていたので、そのとおり話した。4日間も時間を拘束して、支障は出ないのかと聞かれた。メールで伝えた通り、週末だから大丈夫だと答えた。エスカレーターを降りて右に進んだ。「今回の訪問のテーマである赤いモニュメントを見てもらってから、タクシーで自宅に向かう」と伝えた。駅前交番の右にある階段の脇を抜ける。いつもなら見えるはずの赤いモニュメントが運搬車の陰になっている。遠くからの様子を見せたかった。横断歩道を渡りはじめようとしたとき、Red Buoyant IIがいま着いたばかりのゲストを待っていた。台座についた2つの表示板を見ながら、以前から右側に日本語で書いてある作品のタイトルの「赤い浮き」がモニュメントの形状と合わないような気がしていたので、ゲストに尋ねてみた。案の定、当惑した様子で「赤い浮き」ではない。「高まる気持ち」を表すモニュメントだと言った。旅行鞄を引きずって右側に移動した。立ち入り禁止の掲示が出ていたが誰かがよじ登り、朱色のペイントが剥がれて白い下地が露出している部分を示すと、以前に1回塗り直したことを教えてくれた。モニュメントの周りをひとまわりしてタクシー乗り場に戻った。タクシーの扉が開いて、まもなくトランクが開いた。私はさっきまで引っ張っていた重い旅行鞄を、ゲストは手荷物をトランクに入れた。トランクを閉めて、ゲストが先に乗りこむ。バス路線と同じ道順でゲストハウスに向かった。1つめの交差点に向かう途中、通りの右側に並ぶパチンコ・パーラーの賑やかな照明を見ていたゲストに向かって、テレビ番組の「ユーは何しに…」ではないが、よくある質問、「これがはじめての日本ですか。前に来たことが…」と、きり出してみた。2度目だと聞いたとき、ちょうど交差点を右折したところだった。      つづく